大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)5969号 判決

昭和五七年(ワ)第五九六九号事件原告同年(ワ)第七〇二五号事件被告

(以下「原告」という。)

株式会社ニュージャパンプロダクション

右代表者

藤原成卿

右訴訟代理人

内山辰雄

昭和五七年(ワ)第五九六九号事件被告同年(ワ)第七〇二五号事件原告

(以下「被告」という。)

藤圭似子こと

宇多田純子

右訴訟代理人

小島将利

浦田数利

主文

一  被告は原告に対し金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年五月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告は被告に対し金二〇〇万円及びこれに対する昭和五七年六月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告及び被告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。

五  この判決は原告、被告各勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(昭和五七年(ワ)第五九六九号事件)

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金六〇〇〇万円と内金四〇〇〇万円に対しては昭和五六年五月一六日から、残金二〇〇〇万円に対しては昭和五七年二月一日から、各支払ずみまでいずれも年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

(昭和五七年(ワ)第七〇二五号事件)

一  請求の趣旨

1  原告は被告に対し金一二四〇万円及びこれに対する昭和五七年六月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  昭和五七年(ワ)第五九六九号事件

1  請求原因

(一) 原告は、ラジオ放送、テレビジョン放送の企画、演出、制作、歌手、テレビタレント等芸能人の養成等を目的とする会社であり、被告は歌手である。

(二) 原告と被告は、昭和五六年八月一日、専属契約を締結し、被告が本契約締結後五年以内に原告に対し契約破棄の申入れをした場合は、被告が原告から受け取つた契約金四〇〇〇万円と原告が円満解決のため株式会社新栄プロダクションに支払つた承認料二〇〇〇万円は、被告において原告に対しこれを全て返済することを約定し、原告は、昭和五六年五月一五日、被告に対し契約金四〇〇〇万円を、昭和五六年七月、新栄プロダクションに承認料二〇〇〇万円をそれぞれ支払つた。

(三) 第一次請求

被告は、原告に対し昭和五七年五月一日到達の書面をもつて専属契約を解除する旨の意思表示をしたので、原告は被告に対し約定により六〇〇〇万円の返還請求権を有する。

(四) 第二次請求

被告は、原告に対し、専属契約に基づき、芸能に関する出演業務において業務に支障を来すような行為をせず、原告の名誉又は信用を著しく毀損する行為をせず、原告の利益にもなるよう協力する等の義務を有しているものであるところ、右各義務に違反し、これに因る原告の損害は前記契約金及び承認料合計六〇〇〇万円を下らない。

(五) 第三次請求

専属契約上被告は一か月に七日以内の興業を行うと定められているが、この点につき原告は七日以上条理上妥当な日数の興業を行うべきものと考えていたのであり、原告は被告の人気が急落し、専属契約が僅か九か月で破綻するとは考えていなかつたのであつて、専属契約は錯誤により無効である。無効な本件専属契約により原告が受けた損害は契約金四〇〇〇万円及び被告において昭和五六年八月から昭和五七年一月までの間に支給を受けた一か月四三〇万円の割合による専属料総額二五八〇万円のうち、専属料四か月分相当額(興業日数一四日間に対応する右二か月分は除外する。)一七二〇万円である。

(六) 第四次請求

原告は被告に対し、前記契約金の外、昭和五六年八月ないし昭和五七年一月の各月末日限り、専属料として月額四三〇万円合計二五八〇万円を支払つたが、被告は原告に対し、昭和五七年五月一日到達の書面により専属契約を解除したので、右解除により被告は原状回復義務を負うから、原告は被告に対し、被告が受領した契約金四〇〇〇万円とこれに対する右受領の日の翌日である昭和五六年五月一六日から支払ずみまで、また被告が受領した給料二五八〇万円の内金二〇〇〇万円(五か年間の専属契約期間を前提に一か月当たり被告において七日間相当の興業を行うことを条件に前記契約が締結されたところ、前記契約解除までの九か月当たりのあるべき興業日数六三日に対し一四日間興業したに過ぎないのであるから被告が受領した二五八〇万円から同金額に六三分の一四を乗じた額五七三万三三三三円を控除した額二〇〇六万六六六七円の一部)とこれに対する右給料を最後に受領した後の昭和五七年二月一日から支払ずみまで、いずれも商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の請求権を有する。

2  請求原因に対する認否

(一) 請求原因(一)は認める。

(二) 同(二)の事実中、原被告間に専属契約が締結されたことは認めるが、成立年月日は否認する。成立は昭和五六年五月一五日である。原告が被告に対し昭和五六年五月一五日に契約金四〇〇〇万円を支払つたことは認めるが、返済の約定は否認する。

(三) 同(三)のうち、被告が原告に対し昭和五七年五月一日到達の書面で本件専属契約を破棄する旨の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。

(四) 同(四)のうち被告が同記載の専属契約上の各義務があることは認めるが、その余は否認する。

(五) 同(五)は否認する。

(六) 同(六)のうち、金員の支払及び解除は認め、その余は争う。契約金の授受は贈与の趣旨であつたから契約金は原状回復義務の範囲に含まれない。仮にそうでないとしても被告の原状回復義務の範囲は、昭和五六年五月一五日から昭和六一年五月一四日まで五年間の契約料四〇〇〇万円として、これを日割計算した一日あたり二万一九一七円を被告が所属した昭和五六年五月一五日から昭和五七年四月三〇日までの日数三五〇日に乗じた七六七万〇九五〇円及び被告が契約料収入につき税務申告したことにより納付した税金五二五万四四〇〇円を契約料から控除した金額二七〇七万四六五〇円である。

3  抗弁

原告は、被告の芸能界における信用を失遂させようと企て、たまたま原、被告間の専属契約書に空欄があつたことから、あたかも被告が原告主張の合意をしたかのように自己の所持する契約書に虚偽の記入をして専属契約書を偽造した。そして、原告は偽造契約書を疎明資料に使用して仮差押命令を取得し被告所有のマンションを仮差押した。また、原告は、右偽造文書及び不法な方法で取得した右仮差押命令写しをマスコミ関係者に交付して記者会見を行い、あたかも被告が原告主張の合意をしているにもかかわらずこれを履行しないかのような虚偽の事実を流布し、被告の名誉、信用を著しく毀損した。

被告は、原告の不法行為により、訴外東京興産株式会社に対する契約違約金四八〇万円及び契約書貼用印紙代八万円並びに清水建設株式会社に対する内装代金一五八万七二〇〇円、昭和五七年五月一日から本件訴訟の判決あるまで毎月一五〇万円の割合による給料相当損害金、及び、精神的慰謝料五〇〇万円の損害を被つたので、原告に対し、昭和六〇年二月五日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもつて原告の本訴債権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

4  抗弁に対する認否

否認する。

二  昭和五七年(ワ)第七〇二五号事件

1  請求原因

被告は、原告との間において、前記専属契約を締結し、原告は、被告に対し、毎月固定制として、給料三三〇万円、給料外手当一〇〇万円以上合計四三〇万円を各月末日限り、被告の指定する有限会社藤宛振込み支払うものとする旨約定したが、昭和五七年二月以降五〇万円を支払つたのみで残金の支払をしない。

よつて、被告は原告に対し、芸能専属契約に基づき、昭和五七年二月一日から同年四月三〇日までの給料及び給料外手当の残金一二四〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五七年六月二三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する認否及び主張

専属契約の締結及び支払関係は認めるが、固定給の約定は争う。

興業が一か月七日未満一日以上の場合は歩合制とし、原告において公平妥当な見地から割合的に任意減額のうえ支給し、興業のない場合は無給とすることとするが、昭和五六年八月ないし同年一二月の間は、右興業が一か月七日未満又は興業のない場合においても給料及び給料外手当四三〇万円を保証する約定であつたところ、被告は昭和五七年一月以降一か月七日の興業をしていない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告がラジオ放送、テレビジョン放送の企画、演出、制作、歌手、テレビタレント等芸能人の養成等を目的とする会社であり、被告が歌手であること、原告と被告が専属契約を締結したこと、昭和五六年五月一五日被告に対して契約金四〇〇〇万円が支払われたこと、被告が原告に対し昭和五七年五月一日到達の書面で本件専属契約を解除する旨の意思表示をしたこと、及び、原告が被告に対し、前記契約金の外、昭和五六年八月ないし昭和五七年一月の各月末日限り専属料として月額四三〇万円ずつ支払つたことはいずれも当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば以下の事実が認められる。

昭和五六年五月一五日原告は不動文字から成る専属契約の契約書に捺印し、被告はこれに署名捺印した。記載内容は、被告は原告の専属芸術家として本契約期間中、原告の指示に従い音楽演奏会、映画、演劇、ラジオ、テレビ、レコード等、その他一切の芸能に関する出演業務をなすものとし、原告の承認を得ずしてこれをなすことが出来ないこと(第一条)、原告は原被告共通の利益を目的とする広告宣伝のため被告の芸名、写真、肖像、筆跡、経歴等を自由に使用することが出来、原告が代償を得て第三者のために右の行為をなす場合は、第一条に定められた被告の出演業務と見做すこと(第三条)、被告が正当な理由なくして第一条の出演業務に支障を来たし、そのため原告が損害を蒙りたる場合は被告は原告に対し、補償の責任を負うものとすること(第四条)、専属料等の契約条件に付ては、原被告協議の上一ケ年毎に改定することが出来ること(第六条)、本契約に締結された期間の満了を以て更にその継続の意思なき場合に於ては原被告双方共にその期日の三ケ月以前に文書を以てその旨を相手方に通告することを要し、右の行為なき時は自動的に一ケ年継続延長するものと定め、以後同様の例とすること(第七条)、被告が原告の名誉又は信用を著しく毀損する行為をなした場合は、原告に於て本契約を解除することが出来ること(第八条)等というものであり、外に、原告が被告に対し本契約中の報酬として支払うべき専属料月額(第二条)、本契約締結期間(第五条)の各欄があつたが、専属料及び期間の数値の記入はなされなかつた。

同日原被告は、興業は一ケ月七日以内とすること(1項)、給料は一ケ月三三〇万円とし、三〇万円を税金に引き当て、原告方で保管し、三〇〇万円を被告方に支払うこと(4項)、毎月一〇〇万円を原告代表者個人で給料外手当として支払うこと(5項)、違約なく実行した場合は五年間一年更新で契約すること(18項)等を約した念書に記名捺印した。

同日、原告から被告あてに契約金四〇〇〇万円が支払われた。

更に、原告から被告あてに、被告の以前所属していた新栄プロダクションからの移籍問題の解決が出来なかつた場合は、この契約は当然破棄し、契約金は原告に戻し、一切なかつた事にする旨の書面が同日付で差入れられた。

その後、原告は、新栄プロダクションに対し、同社の被告に対する専属契約上の権利放棄の承認料として二〇〇〇万円を支払い、同社は、被告に対する専属契約上の権利を放棄し、原告が被告と専属契約を締結することに一切異議のない旨記載した書面を原告代表者あて差入れた。そして、被告は原告に対し、昭和五六年六月二〇日付及び七月二日付けで、新栄プロダクションとの移籍問題が円満解決したことを確認し、原告との専属契約が成立し、契約期間は五年間とすることに同意する旨の書面を差入れた。

以上の事実からすると、原被告間には昭和五六年五月一五日専属契約が成立し、契約期間は五年間とされたものということができる。

三契約金四〇〇〇万円については、原告は、被告が五年以内に原告に契約破棄の申入れをした場合は、被告が原告から受けとつた契約金は被告が全て返済する約定であつたと主張し、甲第一号証にはこれに添う手書の記入がある。

しかし、前記乙第一号証によれば、被告の保持している本件専属契約書には甲第一号証と同様の記入がなされていないこと、前記乙第二号証によれば、前記念頭においても、契約金の返還について何ら記載がなされていなかつたことからすると、甲第一号証の手書部分は被告との合意の上で記入されたものとは認め難い。この点に関する〈証拠〉はにわかに措信できない。契約金四〇〇〇万円全額返還の約定があつたと認めることはできない。

他方、被告は、契約金の授受は贈与の趣旨であつた旨主張する。〈証拠〉によれば、原告は、引退して滞米中の被告に対し芸能界復帰を積極的に誘引し、その結果、専属契約成立に至つたことが認められるが、この事実から直ちに契約金四〇〇〇万円全額の授受を贈与と断定することはできない。この点に関する〈証拠〉はにわかに採用し難い。契約金四〇〇〇万円全額が贈与の趣旨によるものと認めることはできない。

専属契約成立の経緯に照らすと、契約金の一部については贈与の趣旨も含まれていると解されるが、契約期間が五年間とされていること、被告が正当な理由なくして出演業務に支障を来たし、そのため原告が損害を蒙りたる場合は被告は原告に対し補償の責任を負うものとされていること、新栄プロダクションからの移籍問題の解決が出来なかつた場合は契約金は原告に戻すこととされていることからすると、契約が短期間に終了した場合には、被告は原告に対し相当額を返済すべき趣旨であつたと解される。

四承認料二〇〇〇万円は、新栄プロダクションの被告に対する専属契約上の権利を放棄させ、同社が原告に対し一切異議を述べないこととするために原告が支払つたものであるから、原告が被告に対し請求し得るものではない。

五専属料月額四三〇万円については、被告は固定制と主張し、原告は歩合制と主張する。前記念書においては、興業は一ケ月七日以内とすることとされており、興業日数の上限を定めているが、興業日数がゼロの場合にも月額四三〇万円の専属料を保障する合意があつたとは認め難い。この点に関する〈証拠〉は採用し難い。右の定めは興業日数の上限かつ目安であるとみることができ、このような目安があることからすると、専属料は興業日数一ケ月七日前後を目安とする歩合制であつたと解するのが相当である。

六被告が契約金四〇〇〇万円、昭和五六年八月ないし昭和五七年一月までの間の専属料各月四三〇万円及び同年二月以降の専属料五〇万円を受領したことは、当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、被告の興業日数は、昭和五六年八月から昭和五七年一月まではほぼ前記目安に見合うものであつたが、昭和五七年二月は二日、三月、四月は各一日となり、以後ゼロとなつていることが認められる。

契約金の一部については贈与の趣旨も含まれていること、契約期間は五年間とされていたが、被告の興業日数は右のとおりであり、被告は昭和五七年五月専属契約解除の意思表示をしていることからすると、被告の返済すべき契約金の相当額は二〇〇〇万円と認める。

原告には右相当額を超える契約金返還の請求権はない。原告が被告に対し承認料二〇〇〇万円を請求し得ないことは前記のとおりである。被告の興業日数は昭和五七年一月まではほぼ前記目安に見合うものであつたのであるから、原告はその間の専属料の返還を請求することはできない。前記相当額二〇〇〇万円以外の原告の損害ないし損失を認めるに足りる的確な証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の第二次ないし第四次請求はいずれも理由がないこととなる。

昭和五七年以降の被告の興業日数は四日であり、被告は既に五〇万円受領しているから、この間の専属料として被告の請求し得べき額は二〇〇万円と認める。

甲第一号証には、被告が五年以内に契約破棄の申入れをした場合は契約金は被告が全て返済する旨の手書部分があるが、これが被告との合意の上で記入されたものとは認められない。〈証拠〉によれば、原告は右甲第一号証を疎明資料として被告に対する不動産仮差押申請をした事実が認められる。しかしながら、前に判断したとおり、被告には契約金の相当額を返済すべき義務があるのであつて、手書部分の存否にかかわらず仮差押命令が出されたとも考えられ、甲第一号証の使用に因り被告に損害を生ぜしめたものと断定することはできない。被告に専属料二〇〇万円以外の損害賠償等の請求権を認むべき的確な証拠はない。抗弁は理由がない。

七よつて原告及び被告の請求は、主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余を棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大前和俊 裁判官高橋祥子 裁判官喜多村勝德)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例